西晴雲にしせいうん

時代 昭和
カテゴリー 絵画、書画,掛け軸
作品種別 日本画
プロフィール 西 晴雲(にし せいうん)
本名:西村 和作(にしむら わさく)
明治15年(1882年)8月17日生まれ - 昭和38年(1963年)4月25日没
島根県大田市出身の日本画家。陶芸にも優れた才能を持ち、中国風の水墨画で独自の画境を築いた。

若くして絵画と彫刻に興味を抱き、明治35年より奈良にて6年間彫刻を修業。眼病をきっかけに日本画へ転向し、上京後は吉嗣拝山に師事して南画を学ぶ。
大正3年に中国へ渡航し、金清源や斉白石に師事。中国南画の伝統を吸収し、独自の水墨表現を確立する。さらに王源翁のもとで書も修めた。

大正12年、呉昌碩と出会い、その勧めで上海に移住。上海滬上会の会員となり、現地の学校で書画を教える。昭和5年には上海南画院を創設。この頃より「西晴雲」と号する。

昭和12年以降、日本でもたびたび個展を開催。戦後は帰国し、サントリー社長・鳥井信治郎の邸宅内アトリエで創作活動を展開。昭和33年には島根県太田市・長福寺の壁画を完成させる。昭和37年には郷里に西晴雲美術館が建立されるが、翌38年、肉腫癌のため死去。

画業のほか陶磁器の絵付けにも優れ、中国の風物を主題とした作品を多く残した。