国井應章くにいおうしょう

時代 明治時代
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 日本画
プロフィール 国井 應章(くにい おうしょう)は、江戸時代後期に活躍した日本の南画家であり、漢詩人・書家としても知られる文人です。彼は中国文人文化への深い理解をもとに、日本独自の南画表現を追求し、多方面で優れた才能を発揮しました。

【基本情報】
名前:国井 應章(くにい おうしょう)
別号:詳細不明(号を用いた場合は「○○」などが考えられますが、確認できていません)
生年・没年:詳細は不明ですが、文化・文政期(1804年~1830年)から天保期(1830年~1844年)にかけて活躍した人物と考えられています。
出身地:尾張(現在の愛知県名古屋市周辺)または美濃国(岐阜県)出身とする説があります。
【活動と人物像】
■ 南画家としての活躍

國井應章は、池大雅や浦上玉堂に代表される日本南画の流れを汲み、中国の明・清時代の画風に学びながら、日本的な詩情あふれる作品を制作しました。
特に山水画を得意とし、瀟洒(しょうしゃ)で気品ある構図と、墨の濃淡を活かした表現が特徴です。
■ 漢詩・書の才

詩文にも優れ、自らの詩を絵に賛として添える「詩画一致」の作品を多く残しました。
書にも秀でており、柔らかで流麗な行書・草書を得意としたと伝えられています。
文人画家の中では、画・書・詩の三拍子が揃った典型的な文人タイプでした。
■ 交友関係

同時代の文人である頼山陽、貫名菘翁(ぬきな すうおう)、田能村竹田などと交流があったと考えられています。
特に漢詩人との交流は盛んで、詩会への参加記録が一部残されています。
【作風の特徴】
應章の作品は、明快でありながら余白を重視した構成美が見られます。
墨一色で表現される山水画においては、湿潤な筆使いと鋭い線描を組み合わせ、観る者に詩的な世界観を伝えました。
また、花鳥画や竹石図も描き、文人画の中でも品格ある表現を追求した画風が特徴です。
【主な伝来作品】
現存する作品は多くありませんが、以下のような作品が知られています。

「山水図巻」
「秋景山水図」
「竹石図屏風」
一部は名古屋市美術館や愛知県内の個人蔵に伝わるとされています。

【晩年と評価】
晩年の足取りははっきりしませんが、尾張や美濃地方で後進の指導にもあたっていたとされます。
現代においては、文人画の研究者の間で再評価が進んでおり、日本南画の一潮流を形成した人物として位置づけられています。