安田老山やすだろうざん

時代 明治時代
カテゴリー 掛け軸,絵画、書画
作品種別 日本画
プロフィール 幕末・明治の南画家。美濃生。名は養、別号に万里翁。長崎に遊学し鉄翁祖門に学ぶ。のち中国に滞留、胡公寿に南画の筆法を学ぶ。帰国後、東京に移り、明治初期の文人画の流行の中で奥原晴湖と覇を競った。明治16年(1883)歿、54才。

安田老山(やすだ ろうざん)は、江戸時代後期に活躍した南画(文人画)の画家です。生没年など詳細な記録は多く残っていませんが、教養豊かな文人として詩・書・画の三道に通じたことが知られています。その作品は、南画の伝統に則りつつも、清雅で品位ある表現を特徴としています。

【基本情報】
名前:安田 老山(やすだ ろうざん)
号・別称:老山は号、本名は不明。
生没年:不詳(江戸後期に活動)
活動地域:京阪地方を中心に、一部では江戸でも活動していたという説があります。
【画風・作品の特徴】
■ 南画(文人画)の伝統に基づく作風

明清時代の中国南宗画の影響を強く受けた、理想的な隠逸生活を描く山水画が中心です。
墨の濃淡を巧みに生かし、淡墨による空間表現に優れ、見る者に静寂で詩的な世界を感じさせます。
■ 花鳥画にも秀でる

特に「四君子」(梅・蘭・竹・菊)を好んで描き、それぞれに人格的な美徳を託しました。
緻密というよりは、余白を重視した気品ある筆致が特徴です。
■ 詩書画一致の美学

作品には自作の詩や漢詩が添えられることが多く、画と書が一体となった調和の美を目指しました。
書は柔らかく、自然体でありながらも堂々とした筆致が高く評価されます。
【思想・美学】
老荘思想や禅の影響を受け、「自然との調和」「俗世間からの離脱」を理想とした文人精神に基づいた作風を展開しました。
号の「老山」にも、高潔で枯淡(こたん)な境地を求める意味合いが込められていると考えられます。
【代表的な作品】
『秋渓幽居図』
『蘭竹図』
『梅花清香図』
※現存する作品は少なく、多くは個人蔵や地方の寺社などに伝わっているとされています。

【評価と影響】
華やかさや技巧的な派手さはありませんが、文人画の本道を貫いた画家として、文人層から高い評価を受けていました。
一部の南画研究者からは、田能村竹田や浦上玉堂などと並ぶ「静謐な南画家」の一人として位置づけられています。