菊池容斎きくちようさい
時代 | 明治時代 |
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カテゴリー | 掛け軸,絵画、書画 |
作品種別 | 日本画 |
プロフィール | 菊池 容斎(きくち ようさい、天明8年11月1日(1788年11月28日) - 明治11年(1878年)6月16日)は、幕末から明治時代初期にかけての絵師。旧姓は河原。本名は量平または武保。『前賢故実』の作者として広く知られている。 菊池容斎(きくち ようさい、1788年〈天明8年〉-1878年〈明治11年〉)は、江戸時代後期から明治初期にかけて活躍した日本の画家・歴史画家です。特に歴史上の人物を描いた「先哲像」などで知られ、明治維新後の日本の美術界に大きな影響を与えました。以下に、彼の生涯と作風、代表作などを詳しく解説します。 菊池容斎の概要 本名:菊池 隆(きくち たかし) 号:容斎、容斎翁、鶴田老人など多数 生没年:1788年(天明8年)-1878年(明治11年) 出身地:江戸(現在の東京都) 経歴と画業 幼少期と修業時代 菊池容斎は江戸で生まれ、初めは狩野派に学び、次第に円山派や土佐派などの様式も取り入れ、独自の歴史画スタイルを確立しました。とくに古典的な大和絵や中国の画法を研究し、それを日本の伝統文化の中に融合させました。 独立と作風の発展 30代以降は、歴史人物の肖像画を描くことに力を入れ、明治時代の国家的美術政策においても重用されました。写実的で精緻な筆致と、人物の精神性や人柄を表現する肖像表現で高く評価されます。 主な作品と業績 『先哲像伝』 容斎の代表作として最も有名なのが、**『先哲像伝(せんてつぞうでん)』**という歴史人物画集です。 この作品では、聖徳太子、紫式部、源頼朝、足利尊氏、徳川家康、上杉謙信など、日本の歴史上の偉人約500人以上を、詳細な調査をもとに想像復元して描いています。 画風は緻密で、衣装や風俗を忠実に再現しようとした学問的姿勢が見てとれます。 明治政府との関わり 明治維新後には、新政府の依頼で歴史画や肖像画の制作を行い、文明開化期の国家意識形成に寄与しました。 皇室や政府高官の肖像画も手がけ、宮内省御用絵師のような役割も担っていたとされています。 作風の特徴 写実性と精神性:人物の容貌だけでなく、「人物の生き様や精神」を描き出すように努めました。 和漢折衷:日本的な線描と、中国風の構図・筆法を巧みに融合。 資料主義:史実や衣装などの再現にあたり、史料を重視した制作態度を持っていました。 影響と後世への評価 菊池容斎の歴史画は、後の明治以降の日本画の礎となり、歴史教育や国家意識形成にも貢献しました。 弟子には、**結城素明(ゆうき そめい)**などがおり、日本近代画壇の教育・発展にもつながります。 『先哲像伝』は、現在も歴史資料として高く評価され、多くの美術館や教育機関で活用されています。 関連施設・資料の所蔵 東京国立博物館、京都国立博物館などに作品所蔵。 菊池容斎の資料は、国会図書館デジタルコレクションや各種歴史資料集にも掲載。 |