嶋田元直不明
時代 | 江戸時代 |
---|---|
カテゴリー | 絵画、書画,掛け軸 |
作品種別 | 絵画 |
プロフィール | 嶋田元直(しまだ もとなお、1736年〈元文元年〉 - 1819年〈文化2年〉)は、江戸時代中期の日本画家で、円山応挙の高弟として知られています。本姓は紀、名は元直、字は子方、号に鸞洞(らんどう)、後素軒(こうそけん)などがあります。嶋田家はもともと公家であり、元直自身も従四位下主計頭という官位を持っていました。 生涯と画業 元直は円山応挙に師事し、その画風を受け継ぎました。寛政2年(1790年)の御所造営に際しては、応挙一門として障壁画の制作に参加しています。 作品と評価 元直の作品は、応挙の影響を受けつつも、独自の表現を持っています。例えば、彼の筆による「遊鯉図」は、高精細画像で見ると、円山派特有の筆使いが確認できます。 また、元直の家系には多くの円山派の下絵や写生画が伝えられており、これらは『円山派下絵集』としてまとめられています。 大乗寺との関係 天明7年(1787年)、兵庫県豊岡市の大乗寺の障壁画制作において、元直は呉春らとともに参加し、その名を連ねています。 まとめ 嶋田元直は、円山応挙の高弟として、その画風を受け継ぎつつも、独自の作品を残した江戸時代中期の画家です。彼の作品や下絵は、円山派の研究において重要な資料となっています。 |